条文
(強制執行妨害目的財産損壊等)
第九十六条の二 強制執行を妨害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、三年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。情を知って、第三号に規定する譲渡又は権利の設定の相手方となった者も、同様とする。
一 強制執行を受け、若しくは受けるべき財産を隠匿し、損壊し、若しくはその譲渡を仮装し、又は債 務の負担を仮装する行為
二 強制執行を受け、又は受けるべき財産について、その現状を改変して、価格を減損し、又は強制執 行の費用を増大させる行為
三 金銭執行を受けるべき財産について、無償その他の不利益な条件で、譲渡をし、又は権利の設定をする行為
(強制執行行為妨害等)
第九十六条の三 偽計又は威力を用いて、立入り、占有者の確認その他の強制執行の行為を妨害した者は、三年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
2強制執行の申立てをさせず又はその申立てを取り下げさせる目的で、申立権者又はその代理人に対して暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。
Q 隠匿とは何か
A 強制執行妨害罪(刑法96条の2)における財産の「隠匿」とは,強制執行を実施する者に対して財産の発見を不能又は困難にすることをいうとされる(大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法(6)(第2版)』191頁)。
Q 預金を払い戻す行為は、強制執行妨害罪にいう「隠匿」に該当するか
A 預金の払戻行為は,債権者にとって,第三債務者である金融機関の認識・管理を介して存在が比較的容易に確知し得る状態にある預金を,所在把握が困難となる現金に変更するものであり、「隠匿」に該当すると考えられる。
判例
東京高等裁判所平成17年12月28日判決(平成17年(う)第1195号) 判例タイムズ1227号132頁
「預金の払戻行為は,債権者にとって,第三債務者である金融機関の認識・管理を介して,その存在が比較的容易に確知し得る状態にある預金を,その所在把握が困難となる現金に変更するものであるから,「隠匿」に該当するとした原判決(35頁)の判断は,その結論において支持できる。」
Q 刑法96条の2にいう「強制執行」には、民事執行法1条所定の「担保権の実行としての競売」が含まれるか
A 含まれる
最高裁平成21年7月14日第1小法廷決定最高裁判所刑事判例集63巻6号613頁
「なお,刑法96条の2にいう「強制執行」には,民事執行法1条所定の「担保権の実行としての競売」が含まれると解するのが相当であるから,これと同旨の原判断は相当である。」
Q 切迫性の要件は必要か?
A 判例は、具体的な事実関係次第で、強制執行妨害罪の成立を認めたり、否定したりしていると考えられる。
東京高判平成17年12月28日東高刑時報56巻1号~12号110頁、判例タイムズ1227号132頁
次の判例は、債務者の預金債権に仮差押がなされた状況で、別の銀行口座に対する預金債権を払い戻す行為について、強制執行妨害罪の成立を認めている。
名古屋地方裁判所平成17年3月22日判決(平成16年(わ)第3014号)判例秘書登載
「被告人Aは,労働者派遣事業等を営むC株式会社の実質的経営者,被告人Bは同社の取締役であった 者であるが,同社に対して多額の債権を有していた株式会社Dの申立てにより,平成16年2月27日,C株式会社がE銀行に対して有していた預金債権が仮に差押えられたことを聞き込んで,C株式会社がF信用金庫に対して有している預金債権に対しても,近く同様に仮差押がなされるものと察知し,これを免れる目的で,被告人Aの三男であるG,C株式会社の経理を担当していた関連会社の従業員であるH及びF信用金庫本店営業部長であるIと共謀の上,同日,被告人Aの指示を受けた被告人Bが,三重県四日市市ab丁目c番d号所在のF信用金庫本店営業部に赴き,同営業部に開設されていたC株式会社名義の普通預金口座(口座番号e)から,620万525円を払い戻す手続を行い,そのころから,上記Gの住居である名古屋市f区gh丁目i番j号所在のJk号室等に,上記払戻を受けた現金を隠し,もって,C株式会社所有の財産を隠匿した。」
Q 刑法96条の2第3項にいう「その他の不利益な条件」による「譲渡」の意義
A 福岡高等裁判所那覇支部令和2年9月10日判決判例秘書登載(判決令和2年(う)第13号)
「次に,②の点をみると,本件不動産については,前記のとおり,複数の不動産業者によって,相当高額の資産価値があると査定されていることに加え,本件不動産は,昭和62年から平成17年にかけて,被告人Y1が,同Y2との婚姻前に順次取得したものであり,被告人Y1には,本件不動産以外にみるべき資産はなく,被告人Y2が,同Y1を債務者とする本件不動産の前記各根抵当権の被担保債務を,各債権者の同意を取り付けて免責的に引き受けている訳でもないことからすれば,被告人Y2が,同Y1の服役中を中心に,本件不動産の維持・管理に大きな貢献をしていたこと等の諸事情を十分に考慮しても,被告人Y1が,本件財産分与により,本件不動産全ての所有権を被告人Y2に譲渡することは,被告人Y1にとって著しく不利益な条件による譲渡に当たるというべきであって,これが社会通念に反する詐害行為であることは明らかである。なお,被告人らは実質的な婚姻関係の解消を意図したものでもないから,本件財産分与につき,扶養的・慰謝料的側面を考慮する必要性も認められない。
所論は,被告人らには,不利益な条件で譲渡したことの故意がないともいうが,被告人らの客観的な事実関係の認識に不足はなく,被告人らは本件財産分与が詐害行為として取り消される可能性があることを認識していたことも明らかであるから,被告人らには本件財産分与が不利益な条件での譲渡に当たることの故意が優に認められる。その他,所論が縷々主張する点はいずれも採用できない。
3 以上の次第で,前記のとおり予備的訴因に係る罪となるべき事実を認定した。」